薬師寺 花会式 壷阪寺 大雛曼荼羅 特別拝観 御朱印 ホテルアジール奈良アネックス

薬師寺』の花会式と鬼追式と『法華寺』ご開帳の『雛会式』や大安寺の『馬頭観音』参拝に東京駅から先生達と参加、旅慣れた方々は京都駅で待っている、お昼は時間がないと言うので車中弁当『だらりの帯』喉に詰まりそうだった、薬師寺は『天武天皇』が680年に皇后の病気快復を祈り発願された1300年の歴史を持つ寺

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薬師寺』は長い歴史の中で数々の天災・人災により東塔を除く全ての建物が火災により消失した、1968年『高田好胤和上』は伽藍の復興を目指し、お写経勧進による白鳳伽藍復興を始めた

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一巻千円のご納経料をいただき、百万巻のお写経を勧進して『金堂』復興を目指した『高田管長』は全国を行脚し、お写経を通した『美しい心の再発見』を呼びかけ1976年に目標の百万巻を達成『金堂』が落慶された、西塔は工事中でシマシマ模様の覆いがかかってる

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竜宮造りの美しい金堂前には『鬼追式』の舞台とお松明が用意されてる

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奈良に春を告げる『薬師寺』の『花会式』は『堀河天皇』の皇后の病気全快を祝って十種類の造花を『薬師如来』の前に供えて荘厳な供養を行ったのが始まり『薬師如来坐像』『日光菩薩月光菩薩』の前で『練行衆』が罪過を悔い改めて人々の幸せを願う『薬師悔過』の行を勤める

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村上太管主』から100日間の写経の満願を迎えた4名の方の表彰が行われ、記念日を貰い記念の写真撮り終わるとご挨拶『花会式は10種類の造花を供えて健康・天下泰平、世界平和を祈る、一7日花会式や、僧侶の甲冑は自分の心の中にある悪業を外に出さないため、108巻写経、苦行はしてはいけない、修行は自分自身で出来ることを続ける事、天武天皇は技芸をすすめた』等のお話をしてくださった

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鐘が鳴りが『時導師』香炉を捧げ、段に座り祈祷が始まる、何度も立ち上がり弓なりになって祈る『ナムヤー(南無薬)』から始まり、薬師如来坐像の前で、法要を先導する『時導師』の練行衆がそう声を張り上げる、南都声明が繰り返し唱えられる、時導師が登礼盤で声明の頭をとり練行衆、参拝者らが二部合唱のような形でそれに続くf:id:aguregatamu:20190408095657j:plain

声明は変化に富み、動作も立ったり座ったりを繰り返して、練行衆が何回も堂内を回り花びらを散華、祈りの力が満ちる、これが心からの祈りだと思った、一人中学生の可愛いお坊さんがいた

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花会式』の時に撒かれた散華は『金澤翔子』さんの筆のを2枚頂く

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薬師寺からバスで1時間位の、真言宗『壺阪寺』南法華寺は西国三十三ヶ所観音霊場第6番札所、古くから眼の観音様として信仰され、日本初の盲老人ホームが創設された

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弁基上人によって703年に創建された古刹、仁王門に『金剛力士像』

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右手にすぐ大釈迦如来石像、通称、壺阪大佛、手水舎で地蔵菩薩さまがお水を出してくださる、三重塔(重文)清水寺みたいな赤いテラス

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奉納の石仏が多い

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多宝塔の外見は二重塔であるが、本来は一重の宝塔のまわりに裳階がついた形であって、発生的には二重塔ではないと、レンギョウと雪柳が満開

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『慈眼堂』お堂の中には、お釈迦様の佛伝図や涅槃仏がある

本尊十一面千手観世音菩薩を祀る『八角円堂』は、手前の礼堂とつながる様に建てられている、ちょうど『大雛曼荼羅』を公開中

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本尊十一面千手観世音菩薩とともに飾られる雛人形は、なんと1,500体、中央の窓からご本尊が拝める

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独特のお顔と頭上の化仏、御本尊は『眼の佛』として広く信仰を蒐め、四十の慈手その一手一手が衆生の苦しみを救うと説き、正面向かって右に赤い玉を持った手が日摩尼手で眼を救う御手と云われている

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後ろ側に『弘法大師像』やインドの像や奉納の『千体佛』

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平成十一年『天竺渡来仏伝図レリーフ』この石のレリーフはインド南部のカルナタカ州において、延べ5万7千人もの石工たちの手によって、インドの石に彫刻され製作されたもので、原図自体は、奈良教育大学の教授がインドを旅し、お釈迦さまの生涯を訪ね歩いて構図をまとめられ、誕生から入滅までの間にある、数百もの佛伝図の中から、比較的誰でも知っているストーリーが選ばれて描かれている

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お里・沢市の夫婦愛をうたった人形浄瑠璃・壺坂霊験記の舞台としても知られ、境内には2人の像と、身を投げたと伝えられる投身の谷がある

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壺阪寺は奉仕事業を行っており、インドとの国際交流の一環で製作された石像が多い

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天竺渡来大釈迦如来石像 (壺阪大仏) 、丘の上には大観音石像

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『天竺渡来石大仏巡り』は雨が降り出したので上まで行かないでホテルへ

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『ホテルアジール奈良アネックス』

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の『大極』で夕食、特別会席・先付け・胡麻豆腐のイクラ添え、お造り・あしらい一式、小鍋・ヤマトポークのまほろば鍋

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揚げ物・春野菜と白魚のかき揚げ、蒸し鍋・蓮根饅頭、焼物・ローストビーフのサラダ盛り、飯物・うなぎの釜飯、止椀、水菓子・桜のシャーベットは美味しかった

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